地域社会に
貢献できる企業として
代表取締役
大竹山 靖浩 様

慶応義塾大学理工学部機械工学科を卒業後、2008年に国内外でボイラープラントをはじめとするエンジニアリング企業の株式会社タクマに入社。5年間勤務して2013年に帰郷し、鹿児島ハマ産業株式会社に入られ7年後の2020年、3代目社長に就任され現在に至ります。高校で部活、大学では体育会系サークルでバスケットボールに熱中するなどスポーツマンの一面もお持ちです。
ー事業紹介
1950年に鹿児島ヨコハマタイヤ販売株式会社として創業、タイヤ販売を主力としてスタートしました。1964年に事業を拡大させ、工業用品を主に扱う現在の鹿児島ハマ産業株式会社に改号し、タイヤ部門は鹿児島ヨコハマタイヤ株式会社として分離・独立させました。現在の主な事業は、工業用ゴム製品の卸売・加工販売をはじめ、建設機械向けの油圧ホースの製作、搬送用コンベヤベルトの加工販売、スポーツ施設の施工管理を行っています。さらに海洋土木製品・土木資材・シール材の販売など商材は多種多様です。建設現場の高圧ホースや工場のコンベアベルトなど稼働に即した製品も多く、供給とメンテナンスには業界№1のスピード感で対応しています。また、身近なところではスポーツ施設の走路などで使用されるゴムチップ舗装材やサッカー場の人工芝なども納入しています。

ー過去にあった危機とその克服
鹿児島ハマ産業株式会社は1964年にタイヤ事業を分離した後、ガソリンスタンドや内装・農業用ビニールの販売など多岐にわたる事業を展開していましたが、収益が上がらず苦しい状況が続きました。利益も安定せず自転車操業に陥った時期があり、従業員の定着が難しい局面も経験しました。その後、販売品目を工業用商材に転換し、即納供給とメンテナンスを重視した製品とサービスの提供を推進することで、利益が残せる体制を確立させました。既製品を単に販売するだけでなく、お客さまのニーズに応えた個別対応と付加価値の提案を実施し信頼を築き上げてきました。新たな協力会社の獲得や販路の開拓には多くの苦労がありましたが、これらの取り組みが現在につながっていると感じています。また、今後の人口減少社会では公共工事が減少し、職人の確保の難しさといった新たな課題をどう克服するかがポイントになってきます。DX化やAIの活用により生産性を高めるとともに、やはり人でないとできない仕事は適材適所で対応し、更に付加価値を高める仕組みを構築することが求められると考えています。中小企業にとっても、このような取り組みが今後ますます重要になります。

ー今後企業として目指す先
私が代表を引き継いだのが4年前の2020年、創業70年目の年でした。そのときから、「100年企業」をひとつの目標に掲げています。30年後の2050年には、人口が3000万人以上減少していると予測されています。今後、変化する社会のニーズに対応し、社員が働きやすい環境をどのように整えていくのか。そして、取引先や地域の皆さまにどうしたら企業価値を還元できる存在であり続けられるのか。真剣に考え課題と向き合い経営を進めたいと考えています。
ー社長にとって経営とは
まだ未熟者ではありますが、経営資源である「ヒト」「モノ」「カネ」に加え、鹿児島のゴム製品卸売業者としての立ち位置から、どのように情報を確保し活用するのかが鍵になると思っています。会社の規模や地域特性によって方法が異なるのは当然のことです。都市部の大手商社と同じようなことをしても、金額面など競争が厳しいことが多い中、地方のお客さまとの近い関係性を踏まえ、モノとサービスをどのような人材と組織体制で提供していけるかが大切です。例えば、納期が必要なものは在庫からすぐ供給可能な体制を強化し、お客さまの課題を解決する商材を選定・提案するコンサル的な付加価値の高いサービスの提供を目指していきたいと考えています。また、代表取締役となってから意思決定を求められる機会が増えてきました。思考の軸をしっかりと確立させ、さまざまな意見や情報に耳を傾ける余裕も持つことを心掛けています。

ー地元で頑張る若者へ一言
若者の県外流出が社会問題になっている今、改めて地元の企業を知ってもらい、一緒に鹿児島を盛り上げていく仲間が増えることを期待しています。若者が活躍し活気あふれるまちにしていきましょう。
インタビュアーの声
とても謙虚な40歳前半の若き経営者でありながら、アンテナを高く張り情報に敏感に反応し自分の中でしっかり咀嚼する、誠実なお人柄でした。先を見据えた経営者としての責任感も強く、企業価値を高め地域に還元したい熱い思いを感じました。